5月
21
2018

※著作権により通訳音声の配信はできません。申し訳ございませんがご了承ください。

1972年の『狂気の歴史』の再版への序文においてミシェル・フーコーは、著者が自らの作品の受容のされ方をあらかじめ決められると考えることの傲慢さをやんわりと皮肉っている。「私が著者です。顔とプロフィールをご覧下さい。私の名前で出回るすべてはこれに近い姿でなければなりません。」実際に、死後30年を過ぎてなお、フーコーの思想が描き出す像は大きく変化し、変容し続けている。それには少なくとも以下の4つの理由が考えられる。

  • 出版されるテクストの総体と利用可能なアーカイブが拡大し続けている(このことを際立たせるのが、今年になって『性の歴史Ⅳ 肉体の告白』が刊行されたことだ)。
  • 作品を取り巻いていた知的潮流や政治的議論の歴史が明確になるとともに、異なる切り口や系譜が浮き彫りになった(フーコーの生前から議論を呼んでいた構造主義への帰属の問題が過去を遡りあらためて浮上している)。
  • 21世紀になって大きな関心を集める様々な問題が、フーコーのテクストを異なる角度から読み直すことを促している。権力政治へと回帰する現代において権力に関するフーコーの分析はいかなるものか、また、新自由主義が跋扈する時代において彼の統治性に関する考察をいかに用い、また、オートフィクションの時代において彼の文学に対する省察をどうとらえるべきかを考えざるを得ないのである。
  • 現在、哲学から社会学そして人類学から美学に至るまで、数多くの分野の研究者がフーコーの思想を援用することで新たな意味を生み出している。

21世紀におけるフーコーの著作の変容を考えることは、完成した作品の輪郭を描くことではなく、常に運動しつづける解釈のつながりを追うことである。その全体像は暫定的なものにしかなり得ないが、今回の討論会ではできる限り概観したい。

プロフィール

マチュー・ポット=ボンヌヴィルは哲学者、リヨン高等師範学校准教授。アンスティチュ・フランセ・パリの思想・知識部門主任でもある。2010年から2013年にかけて、国際哲学コレージュ議会の議長を務めた。2018年にヴェルディエ社より出版された彼の最新の著書Recommencerの前に、ミシェル・フーコーについて複数の作品を執筆した。Michel Foucault, l’inquiétude de l’histoire (PUF, 2004) 、歴史家フィリップ・アルティエールと共著のD’après Foucault (Les Prairies ordinaires, 2007)がある。


パトリス・マニグリエはパリ・ナンテール大学哲学科准教授。Moment philosophique des années 60 en France (PUF, 2011)(監修)のほかに、La vie énigmatique des signes – Saussure et la naissance du structuralisme (Léo Scheer, 2006) や、ドルク・ザブニャンとの共著Foucault va au cinéma (Bayard, 2011)など数々の著書がある。

【司会】マチュー・カペル(日仏会館・フランス国立日本研究所)
【主催】日仏会館・フランス国立日本研究所 
【共催】在日フランス大使館/アンスティテュ・フランセ日本 
【助成】アンスティテュ・フランセ

マチュー・ポット=ボンヌヴィルとパトリス・マニグリエは5月19日(土)にアンスティチュ・フランセ東京にて開催される「第6回「哲学の夕べ」-パリ五月革命をめぐって-」に参加します。

* 日仏会館フランス国立日本研究所主催の催しは特に記載のない限り、一般公開・入場無料ですが、参加にはホームページからの申込みが必須となります。

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