2月
15
2013

【プロフィール】
1957年に歴史学・地理学の高等教育教授資格(アグレガシオン)を、また、「日本の家」に関する博士論文で国家博士号を1974年に取得。サイゴン(現在のホーチミン市)で研究活動を開始し、1960年から63年にかけて研究員として日仏会館に滞在。1964年から1972年までフランス国立科学研究センターに所属した後、 »永住 »のため再び来日しアテネフランセや都内の大学で教鞭を執る。フランス語教育および日中韓3か国を中心とした極東研究に関する著作が多数あり、住まいの人類学に関するエッセイも10冊ほど発表している。外国語、特に日本語に翻訳された著作も多い。上記のテーマに関する複数の学術誌にも寄稿している。また、写真家として複数の写真集を発表しており、日本をテーマにした写真集も2冊ある。

【要旨】
およそ半世紀のあいだに、ジュール・ヴェルヌは大作家たちの一員として確固たる地位を占めるようになった。学会、ゼミ、博士論文、試験問題などの数が、この全国的な状況を物語っている。冒険小説家あるいは旅行作家として、読者たちを世界の隅々へと誘い、40年間(1863年-1905年)にわたり苦心を重ね、およそ65本の話を残し、その立場を築き上げた。『驚異の旅』のなかでは、アジア、とりわけインドと中国が重要な位置を占めている。この2つの国についてはそれぞれ一作ずつ小説を書いているが、東南アジアや韓国は忘れられている。日本はといえば、『80日間世界一周』のなかに短い挿話があるに過ぎない。

実際には、全体で280頁のうち、わずか15頁を割いて、ヴェルヌは自分自身のなかにある島国日本を披露している。主人のフィリアス・フォッグとはぐれてしまった執事のパスパルトゥーがさまよった横浜の街に限った性急な印象ではあるが、生き生きとした豊かなイメージを与えることに成功している。しかし、描写や会話さらにヴェルヌ自身の先入観によって垣間見えるこの日本は、いうなれば屏風のようなもので、生彩はあるが深みには欠けている。というのは、普段から器用に使いこなしている言葉づかいや筆致によって、日本を描いているに過ぎないからである。確かに、地理的に離れているという事実や異国文化への憧れは、同時代人の日本に対するイメージをすでに歪めてしまっていたのだが、『世界一周』で試みたような空想によるアプローチは、陳腐な話をさらに見せかけだけのものにしてしまう。つまり、幻想的ともいえる描写方法を用いることによって、まったく異なる現実を日本に与え、そのイメージが読者の目には焼き付き、作者だけがその理想化された現実の秘密を知っているからである。

【司会】クリストフ・マルケ(日仏会館フランス事務所所長)

【主催】日仏会館フランス事務所
【協力】日本ジュール・ヴェルヌ研究会

* 日仏会館フランス国立日本研究所主催の催しは特に記載のない限り、一般公開・入場無料ですが、参加にはホームページからの申込みが必須となります。

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