クレオールの問題系
クレオール語、クレオール化、クレオール性

恒川邦夫
(一橋大学)

国際シンポジウム「言語帝国主義の過去と現在」 (1999年10月22日〜24日/於 日仏会館・一橋大学)

[目次]

[更新:1999-11-10]


発表要旨

クレオールという言葉が日本に導入されて以来、それがどのような意味を担っているのかという議論がきちんとなされないままに、言葉が一人歩きして、それぞれの論者の思い入れで様々な衣装をまとわされてきたように思われる。

もちろん言葉は生き物であり、異なった知的風土において、新たな内容を盛り込まれ、独自な発展をとげたからといって非難するにはあたらない。ただ本シンポジウムにカリブ海のクレオール語の調査・研究に長年たずさわり、加えて、地域の作家たちと共にクレオール語の擁護に力を尽くしてきたアンティル=ギアナ大学の言語学者ジャン・ベルナベを迎えるからには、是非ともこの機会に起源にさかのぼり、そもそもクレオールというメッセージがどのような意味内容で発信されたのかを振り返ってみたい。

クレオールをめぐる問題系を考えるとき、およそ三つのレヴェルがあるように思われる。すなわちクレオール語(le creole)、クレオール化(la creolisation)、クレオール性(la creolite)である。

ここでクレオール語というのは南米大陸の仏領ギアナからカリブ海の島々(トリニダド、グレナダ、サント=リュシー、マルチニック、ドミニカ、グアドループ、ハイチ)を経てアメリカ合衆国のルイジアナ州にまで及ぶ広範な地域で話されているフランス語をベースにした話し言葉である。その基本的特徴、地域による差異、使用人口数、他の言語との共存状況などについて概要を知ることはクレオールの問題系へのアプローチとして避けて通れない基本的ステップである。

ついでクレオール化というのはマルチニック生まれの詩人・作家・思想家のエドゥアール・グリッサンの打ち出したコンセプトである。これは言語にとどまらない、人間社会全般に関わる混交現象を包摂した概念で、アイデンティティーや領土・言語・文化に関わる問題提起である。グリッサンの問題提起は奴隷貿易・プランテーション経済の昔から、宗主国からの独立あるいは海外県化を経て、現在の状況にいたるまでのカリブ海諸島の通時的・共時的分析に根ざしつつ、経済のグローバリゼーション、多様な文化・言語の接触と交流による地球社会のありようについての深い洞察を含むものである。グリッサンは自らのそうしたメッセージをクレオール化という言葉で象徴的に表現している。

クレオール性というのは、グリッサンの次の世代の若い作家たち、パトリック・シャモワゾーやラファエル・コンフィアン等の若い小説家たちが打ち出したメッセージである。彼らはグリッサンから多くのものを吸収しているが、カリブ海世界の特殊性に根付いた感性・知性を文学作品として開花させることに力点を置いているので、そのメッセージの広がりと一般性において、グリッサンの主張するところとは微妙に違っている。幾分誤解を含んではいるが、クレオール性という言葉そのものが新たな本質主義の導入ではないかという指摘もある。そのマニフェストである『クレオール性礼賛』の執筆者の一人であるジャン・ベルナベとの意見交換によって、疑義のいくつかが質され、実りある議論が展開されることを期待したい。


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