HARA Kiyoshi

はじめに

言語復興運動というのは言語の復活・再生・拡大をめざす意識的（集団的）試みである。日本では言語の状況そのものが多言語的と認識されることが少ないので、こうした運動自体にあまりなじみがない。在日朝鮮人などの定住外国人も比較可能だが、ここでは地域的（土着的）マイノリティーとして沖縄・アイヌ、それから潜在的な問題をはらむ日本語諸方言の復権運動を西欧、とりわけ英仏の事例と比較してみることにする。一般的にいって、英仏の言語運動は歴史が長く、さまざまな面で経験を積んでいる場合が多いので、日本における状況と比較するには、運動面で比較的初発段階の小規模な地域がおもな対象になる。

１　沖縄

ただし沖縄の場合は例外的な側面がある。独自な音楽文化がたいへん根強く、この面では西欧でもっとも地域的音楽文化がさかんなブルターニュ（フランス）やアイルランドと比較することが可能である。

地元の言語、うちなあぐち（沖縄語）についてみると、日本語と同系統であり、なおかつ沖縄本島とほかの島々（石垣や奄美、そしてとりわけ宮古）と言語（文化）的に距離があるので、標準的方言（首里方言）はその狭間で微妙な立場に立たされているというのが正直なところだ。

この点ではフランス語にたいする南仏のオクシタン語がよく似た状況にある。オクシタン語圏は、沖縄語のように島からなるわけではないが、フランス全体の３分の１にも達する広大な地域がその言語圏であり、標準的規範が凝集力を生み出しているとはいえない。沖縄語のメディアでの使用は西欧の先進的少数言語に匹敵する長い歴史がある。標準的な首里・那覇方言を用いた「方言ニュース」がラジオの本放送開始(1961年)以来、ほとんど途絶えることなく続いている。この背景には島唄・琉舞・琉歌・沖縄芝居といった地元の芸能・音楽文化の伝統がある。だが沖縄語による（のための）創作文学や教育運動が欠けていたため、「方言ニュース」から番組が拡大することにならなかった。ウェールズ（カムリー）語やアイルランド（エイレ）語では、教育運動が独自のテレビ局設立運動にまでおよび、それが実現されて（1980年代から90年代）、さらに運動が拡大した、という経緯があるが、沖縄ではこの面での先は長い。

沖縄における創作文学は、基本的には沖縄を題材とする日本語文学であり、沖縄語による文学運動とはなりえていない（詩歌の創作では部分的に存在する）。これはアングロ-アイリッシュ文学とか「フランス語によるブルターニュ文学」に対応する。こうした文学の代表者たちがその地域のオピニオン・リーダーとして活躍することもよく似ているが、そうした文人たちは、ブルターニュでもアイルランドでも、それぞれの固有語の文学運動からは白眼視される場合も多く、沖縄で今後そうした動きが生まれることも否定できない。言語教育運動は、カルチャーセンターや市町村主催の文化講座のなかで、90年代になってはじまった。このきっかけとなったのは1992年の沖縄本土復帰20周年を記念するNHK大河ドラマ「琉球の風」であり、NHK沖縄支局による、その「沖縄語版」（1993年春）の作成だった。そこでおもに使われている教科書は、船津好明著『美しい沖縄の方言（ことば）』（技興社、1988年）だが、首里・那覇方言をもとにしており、その規範的伝統は受け継がれている。

マン島では1993年から本格的な言語講座が開講した（こちらは子どもたちのための移動教室だが）。現在その運動が草創期にあるという点で、沖縄とたいへん類似した状況にある。人口的には沖縄の20分の1以下（約7万人）だが、島であり、自治意識が高い点も共通だ。ここでは経済活性化の要素として言語文化を捉えており、沖縄でも類似的傾向が強まる可能性がある。

琉舞や琉歌などの市町村の文化団体が連合して、1996年に沖縄県文化協会が設立された。これを祝う催しとして企画されたのが、「島ぬくとぅばさーに語やびら大会」、すなわち沖縄語による弁論大会である。イベントとして成功して、以来毎年開催されることになった。

英国、チャンネル諸島のジャージー島では数年前から、地元のことば「ジェリ語」（フランス語方言）の保存をめざした弁論大会がはじまった。きっかけとなったのは、規範的教科書の出版である（Birt, Paul, Le Jerriais Pour Tous, Jersey, Le Don Balleine, 1985.）。著者はウェールズ出身で、母語話者ではない。この点は、沖縄語教科書の著者（東京出身）と興味深い一致がある。

沖縄の言語運動の現状は、「方言ニュース」という伝統となった部門を除けば、市民講座としての言語講座と、沖縄音楽（うちなあミュージック）における意識的な沖縄語の使用が中心的分野といえよう。そこでは方言ニュースキャスターの小那覇全人さんと伊狩典子さん、りんけんバンドの照屋林賢といった人たちの個人的努力によるところが大きい。この点もマン語やジェリ語における状況と類似する。いずれも運動初期段階とみなすことが可能だろう。

次段階への飛躍には、行政側の（制度的な）取り組み、ないしは大衆的な言語運動の開始が条件になる。前者の場合は、カムリー（ウェールズ）やエイレ（アイルランド）の場合のように言語にかかわるあらゆる振興政策を一手に引き受ける「言語局」の設立がもっとも有効だろう。後者では、大衆運動が生じる社会的背景（条件）が必要である。すなわち前世紀末のブルターニュでブレイス（ブルトン）語擁護運動が生まれたのは、ブレイス語が学校教育から排除されるという行政側の抑圧政策と、ブレイス語を守る「反体制的」カトリック教会が存在したからである。今の日本ではこうした「必然的」大衆運動が起こる可能性はないが、言語文化を擁護するという立場は政治的立場を超えて支持されるという側面があり、なんらかのきっかけから自発的運動が広がるというシナリオも考えられる。

２　アイヌ語

「危機に瀕した言語」の復活例として、マン島と比較が可能だろう。マン島は英国王室領だが、独自の議会（さらに紙幣・コイン・電話局�郵便切手など）をもち、自治意識が高い。ただし1980年代までは独自の言語文化政策を打ち出していたわけではなかった。というのも1962年に「最後」のマン語母語話者が亡くなったという「お墨付き」が言語学者たちから与えられて、言語復興のサークル的活動は続いていたが、マン語の文化的意義がおおやけには認められていなかったからである。

ところが1985年に「マン語評議会」が「マン島伝承文化財団」のなかに設けられ、法律のマン語訳、官庁名や地名表示のバイリンガル（マン語英語）化が推進されはじめた。1992年には「マン語教育担当官」が任命され、小中学校でのマン語教育がはじまった。こうした政策が打ち出されるには、ピーター・カランという「マン島労働党」を結成して自ら革新勢力を自認してその実現に奔走した自治議会議員の個人的努力に負うところが大きい。 1997年のいわゆるアイヌ新法はこの点でまさにパラレルな状況を呈している。コミュニティーの言語としては久しく前から機能を失っており、母語話者を数えることすら困難な状況のなかで文化保護育成の法律が誕生したのである。法律が生まれるには、1993年の国連による「国際先住民年」のキャンペーンや参議院議員となったアイヌ語母語話者萱野茂氏の活動が重要な役割を果たした。議員の個人的役割というのもマン語の場合と同じだ。アイヌ語では学習教室が1987年以降北海道各地で設けられ、自主教育運動が法律制定以前から始まっていた。これも萱野氏の率先である（1983年）。1994年にこのための教科書が作成されたが（北海道ウタリ協会（企画・編集）『アコロイタク Akor Itak』北海道ウタリ協会）、これは新法制定をめざす運動のなかで作成されたといっていい。こうした教室は1999年現在で、道内14ヶ所に拡大している。早稲田大学や千葉大学などの大学での講座も含め、道外でも学習機会は拡大しているが、今のところ小中学校で教科として教える動きはない。これはマン島との大きな違いだ。

アイヌ語ラジオ放送は新法制定後、1998年4月から語学学習講座としてはじまった（北海道STVラジオ）。マン語の場合も語学講座として1993年に開始された。いずれも学習講座だけで、言語を用いた「本格的」な番組の制作にはいたっていない。

さまざまな面で類誌性を指摘できるのだが、相違点として大きいのは自治意識と言語文化の関係だろう。マン島ではすでに見たようにその関係はたいへん緊密だが、北海道ではアイヌ語が自治意識の核になるということはなく、北海道内部での民族的（言語的）マイノリティーとして自覚される場合が普通だろう。これはいわゆる先住民といわれる少数者たちに共通する問題だ。

３　方言復興運動

インターネットでは日本の方言に関するホームページだけで数100ヶ所を検索できる（代表的なものは山本和英氏によるhttp://www.itl.atr.co.jp/dialect/）。内容的に充実しているのは青森、名古屋、大阪、鹿児島そして沖縄である。名古屋や大阪といった都会を別にすれば、やはり東京との言語的距離の離れている地方の方が、お国自慢に方言の登場する可能性が高いようだ。

フランスでは、北フランスのいわゆるオイル諸語においては独自な綴字法を備えた言語運動が存在する。ガロ語（ブルターニュ地方東部）、ピカール語（ピカルディー地方）、ワロン語（ベルギー南部）などが代表的言語だが、現状では文学的創作運動が主体である。ガロ語はバカロレア試験の教科に入っているので（1982年以降）、中等学校の学習教科としても教えられている。

沖縄・奄美を別にすれば、日本で独自の教科書を備えて言語学習運動が行われているのは、ケセン語（岩手県気仙地方）だけといっていいだろう。地元の運動家、山浦玄嗣による『ケセン語入門』（共和印刷企画センター、1986年）は今後の日本の方言復興運動の模範となるべき作品である。しかしこの場合も運動家たちの個人的努力だけであり、行政がとりあげたり、経済的波及効果に言及されたり、といったレベルにいたるには相当な道のりが必要だろう。

東北における興味深い試みは、山形県三川町の「全国方言弁論大会」である。1987年に村おこしの一環としてはじまったが、毎年交流を続けることによって、運動家たちの連帯ネットワークに成長しつつある。この点では、オイル諸語の連携運動「オイル諸語防衛育成委員会」（1982年結成）と一脈通じるものがある。

ラジオのローカル放送で方言がとりあげられたり、地方の演劇集団が方言劇を演じたりといった例は数多い。これも英仏では初発段階の運動で注目される事項である。

まとめにかえて

西欧の少数言語は、交流運動がすすみ、カタルーニャやカムリー（ウェールズ）など言語運動で先進的な地域が率先する形で、運動が組織化された。1982年に「少数言語欧州事務局」が結成されて以来、教育（オランダ�フリジア語）、メディア（カムリー語）、法律（カタルーニャ語）と、それぞれの分野で拠点が設けられて、模範的事例が紹介され、互いに刺激をうけあう形で運動が拡大した。

その後論議をよぶことになったのは、法律面での整備である。すでに言語法をもつカタルーニャが中心となってすすめたのは、欧州評議会での「欧州地域言語少数言語憲章」（1992年）であり、「世界言語権宣言」（バルセロナ、1996年）だった。

少数言語はそのほとんどが国語ではない言語であり、そうなることを放棄した言語である。そうした言語が国語との共存をはかるには、個人の権利すなわち人権として自らの言語を用いる権利を位置づけるのが、主張として受け入れやすい。これが言語権の考え方である。欧州連合のなかではこの方向で少数言語政策がすすめられることになるだろう。日本で少数言語文化にたいする法律的取り組みといえば、1997年7月に施行されたいわゆる「アイヌ新法」である。すでに見たように、1998年春からラジオでの学習講座がはじまるなど、その効果は多少とも生まれてはいるが、すべては今後の施策にかかっているといってもいいだろう。

少数言語復興運動の日欧比較

発表要旨

はじめに

１　沖縄

２　アイヌ語

３　方言復興運動

まとめにかえて

少数言語復興運動の日欧比較

発表要旨

はじめに

１ 沖縄

２ アイヌ語

３ 方言復興運動

まとめにかえて

１　沖縄

２　アイヌ語

３　方言復興運動