日本文字 ― 漢字・平仮名・片仮名

石川九楊(書家・京都精華大学教授・文字文明研究所長)

シンポジウム「文字文化の再創造」,2001年4月7日,日仏会館ホールにて

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[更新:2001-03-30]


発表要旨

 言葉は言(はなしことば)と文(かきことば)という二種類の体系の複合体であり、文(かきことば)は言(はなしことば)を表記することであるとは定義づけられない。日本語を考察する限り、ソシュールの『一般言語学講義』の説に反して、前記のように考察される。

 しかも文治主義の東アジアは、文(かきことば)が思想や政治、芸術・文化についての表現力を有するという、文(かきことば)中心、文優位の言葉の構造を歴史的に形成してきた。

 さて、いかなる文字も表意と表音の両性格を併せもつ(漢語の腕は、和語の「うで」であり、仏(ふらんす)語の「bras」である)から、表意文字、表音文字という区分は本質的分類ではない。文字分類が主語となることはありえず、文(かきことば)(文字)中心言語文化(いわゆる表意文字)と言(はなしことば)(声)中心言語文化(いわゆる表音文字)という力点(アクセント)差のみが本質的な差である。ちなみに、文(かきことば)中心主義の東アジアにおいては書が、言(はなしことば)中心主義の西欧においては音楽が文化の中心に位置する。

 したがって、東アジアでは文字の違いが文化を分かつ。中国は漢語単独、朝鮮は漢字とハングルの二種類、日本は漢字と平仮名と片仮名の三種類の文字を有つという違いによって造形されたものである。

 ところで、言(はなしことば)の声(肉声)は、文(かきことば)においては文字ではなく、筆蝕(速度・深度・角度をもった書字の力動痕、肉筆)であり、文字を書くのではなく、文(かきことば)を書くのである。通俗的に文字の形(形象)と言われているものは、この筆蝕とその構成(書きぶり)の別名である。

 日本の漢字は、平安時代中頃に、漢語の裏側に和語を貼りつけた漢字、つまり中国漢字とは異なる姿をもつ日本漢字(和様)と化した。この日本漢字は、一(字)画が起筆−送筆−終筆の三拍子で書かれる中国楷書の書法を「くずし」て、起筆・送筆・終筆が緩やかな起伏で連なる「三折法くずし」(象徴的に図示すれば「一」を「∽」と書く)のリズム法で書かれる。この日本漢字は、女手(平仮名)の筆蝕(書法)の逆流によって生じたものである。

 日本文化の成立を象徴する文字は、平安中期に誕生した女手(平仮名)である。漢字の「くずし(殺字)」に生れた女手は、真仮名(漢字の楷書体、行書体を宛てた仮名、男手)や草仮名(漢字の草書体を宛てた仮名、男にても女にてもあらず)とは次元を違え、「続字(つづけじ)・分書(わかちがき)」つまり新しい文を生むことのできる文字である。漢文が得意とする思想や政治の表現は回避したが、性、自然、四季、生活文化に新しい文体と表現力を獲得し、いわゆる日本独自の文化を生む原動力となった。ちなみに平仮名(女手)の書きぶり(筆蝕)は、上部にアンテナを立て、下部では回転的に手を伸ばした「お」の姿に象徴される。

 第三の文字・片仮名は、単音節孤立語の漢文の隙間に助辞を加えて膠着語に開くための文字であり、ハングルと同じ機能を有(も)つ。ちなみに、片仮名を象徴する書きぶり(筆蝕)は「ノ」の姿に象徴される。

 日本語は三種類の文字を使う、世界にも特異な言語である。


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